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  • 執筆者の写真ずーサン WP

『金魚すくい』



~地元近くのお祭りにて~ ※日常回なのでミツル視点でお届けします


「あー!あれやろうよミツルくん!!」


いろははそう言いながらオレの甚平の裾を引っ張る。 指差した方向にあったのは金魚すくいだった。


「金魚すくい!どっちが沢山取れるか競争ね!!」


そう言い放つと、オレの裾を離してタタタッと小走りで金魚すくいの出店に向かって行った。


まだやるとは言ってなかったんだけどなぁ… でもこれはチャンスの予感… いろはになら勝てる気がする!なんて意気込んでみる。


店は割と繁盛してるみたいで、待機列がある訳ではないけど、今やってる人たちを待つ必要がありそう。


金魚すくいの様子を後方から見つめてるいろはの表情が、店の提灯に照らされてる。 ワクワクしてるとかキラキラしてるとかとはちょっと違う、ウズウズしてるような感じだ。


「あぁ〜!惜しい残念!」


いろはの目の前で挑戦してたカップル(たぶん)の彼氏のポイが破けて、店主が労いの声をかける。

残念ながら金魚は取れなかったらしく、彼氏サンが悔しそうにしながら立ち上がった。 彼女サンは悔しがる彼をいじりながらケタケタと笑ってる。

うなだれる彼を引き連れて奥の境内へと向かって行った。


「あぁならないように…」と心の中で呟いた瞬間に、それが完全にフラグである事に気がついた。


ま、まぁ頑張ろう…


「はい、1つずつ。」


店主に料金を支払って、オレといろはにポイが手渡された。 オレたちの隣では小学生か中学生くらいの姉妹が挑戦してる。


実はオレは金魚すくいで一度も金魚を取れた事がないんだよなぁ… とは言っても最後にやったのは小学校高学年くらいの時だから、自分が成長している事に期待したい。


(確かポイは一旦全部水に浸けた方が良いって聞いたことがある…)


その知識を持っている時点で以前より成長しているのでは?と思うと、ふっと心が軽くなった。 だんだんリラックスしてきて、自信が出てきたぞ…!



…そしてポイが破けた。


「げっ!!」


いや全然無理だった。 たかが水に浸ける事を覚えたくらいで成長出来るほど甘くはないよねそりゃそうだ。


ガックリと肩を落として隣のいろはを見ると、既に3匹の金魚を取っている。


「え…マジ…!?」


オレは思わず目を丸くしたけど、いろははこっちをチラッと見て得意げな顔をしていた。


「ふっふっふ…ミツル君きっと舐めてたんでしょ!」


この表情から溢れ出る自信、まぐれじゃないの!?


「私はねぇ…実は金魚すくいは得意なんだよーだ!」


…やられた。 いろはのヤツ、体育とかも苦手だしこーゆーのダメダメな印象だったのにまさかの展開だ…


くそぅ…

流石にこのまま引き下がれない! そう思って追加で料金を支払ってポイを受け取る事3回。


「全然取れない…」


その様子を見ていたいろはが「くくくっ…」と笑う。

そして「しょうがないなー」と言いながらじりっと1歩近づいてきた。


「いーい?」


…いろはの金魚すくい教室が始まった。 ポイの持ち方やら角度やら水への浸け方やら。

かなり丁寧に教えてくれる。


(か、顔が近いんだって…!)


もしかして、金魚取れるまでこの時間が続いたりする…? 全然取れなくて「…わざとミスってるの?」なんて思われたらマジでムリ!


流石にヤバいと思いながら、今一度集中して金魚と向き合う。 いろはに教わったように、ゆっくりと慎重に。


ポイの上に金魚が留まる。

ゆっくりゆっくり…


最後は「頼む!」という気持ちとともに金魚をすくい上げると、手元の椀に金魚を運んだ瞬間にポイが破け、落下した金魚が椀の中に着水した。


「やったぁぁぁ!!!」


そう声を上げたのは隣のいろは。 オレより先に大喜びするもんだから、オレの喉まで出かかった喜びの言葉は行き場を失ってしまった。


でもやった! 人生で初めて金魚すくいに成功した!!


「はいよ!お兄ちゃんオメデトウ!」


店主のおっちゃんが袋に入れた金魚を手渡してくれた。 取った金魚をぶら下げながらお祭りを回るのは夢だったんだ…!


「わぁぁ!やったー!!金魚かわいいー!!」


続いてそう声を上げたのは、オレたちの隣で金魚すくいをしていた姉妹だった。

オレの時と同じように店主のおっちゃんが袋に入れた金魚を手渡している。


目を輝かせてそれを受け取るのは妹(たぶん)の方。 一方でお姉ちゃんはというと、妹が受け取る瞬間をじっと見つめていた。



「……………」



あー。うん。なるほどね。 そうだよな。なんかわかっちゃったなぁ…


「いろはちょっと待って。」


自分が取った5匹の金魚を袋に入れて貰おうとしていたいろはにオレはそう声をかけると、自分の手元にあった金魚の入った袋をその姉妹のお姉ちゃんに差し出した。


「この金魚貰ってやってくれないかな?オレん家には水槽ないから育ててあげられない。それに、この子もその子も一人ぼっちじゃ寂しいじゃん?だから、一緒に連れていってくれると助かるんだよね。」


突然話しかけられてビックリして固まっていたお姉ちゃんだったけど、ゆっくり手を出して受け取ってくれた。 そして少し照れくさそうに「あ、ありがとう…」と一言だけお礼を言うと、受け取った金魚をじっと見つめて満足そうな様子だった。


姉妹の後方で様子を見守っていた両親らしき人にもぺこりと頭を下げられて、オレもぺこりと頭を下げた。


その様子をポカンと口を開けて見ていたいろはは、店主のおっちゃんに「はいよ!」と差し出された金魚が5匹入った袋を受け取らなかった。


「あ、す、すいません!家に水槽無くて…お返しします…!」


そう言って立ち上がると、いろははおっとりとした優しい笑顔をコッチに向けて「良かったの?」と尋ねてきた。


「いいよ。持って帰ってもどうせ面倒見れなかったし。」


「このこの〜!優男だねぇ♫」


「う、うるさいほっとけ!」




だって…


なんかわかっちゃったんだよなぁ。あの女の子の気持ち。

お姉ちゃんだから妹に負けたくない気持ちとか。 お姉ちゃんだから駄々こねたりせずに大人に達振る舞わないといけない気持ちとか。


自分の本当の気持ちに蓋をして、上手にその場をやり過ごそうとしている気持ちとか。


「ちなみに金魚すくいは私の圧勝だったけどね~♫」


「…うぐっ………」


その点に関しては何も言い返せない…


「さぁさぁ、次はどこに行こっか♫」


なんだかいろはがさっきよりも楽しそうにしてる。 まぁそりゃあんだけ圧勝すれば気分も良いか。




…やって良かったな、金魚すくい。




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